東ヨーロッパの黒海の西に位置し、ルーマニアとウクライナに挟まれた国です。

国全体の地図の形は葡萄の房の様な形をしています。その形のとおり、国の経済は葡萄産業が国家予算の15%〜20もあります。2004年のワイン輸出の値は15000USドルです。

【面積】

33,700km2(我が国の約11分の1

【人   口】

420.6万人(05年世銀より)

【首   都】

キシニョフ(キシナウ)

【民    族】

モルドバ人(ルーマニア人)(64.5%)、ウクライナ人(13.8%)、ロシア人(13.0%)、ガガウス人(3.5%)、ブルガリア人(2.0%)(1989年ソ連国勢調査)

【言   語】

公用語はロマンス語系のモルドバ語(ルーマニア語と同じ。但し、旧ソ連時代にはルーマニア語とは全く異なる言語であるとの宣伝が行われ、文字もラテン文字ではなく、キリル文字を使用していた)

【宗   教】

キリスト教(東方正教会)が主

【為替レート】

1ドル=13.285レイ(20068月現在)

【主要産業】

農業、食品加工、軽工業

【経済概況】

典型的な農業国。ソ連崩壊によって経済は混乱。
度重なる自然災害や沿ドニエストル紛争の影響もあって経済状態は悪化している。
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年のロシア金融危機の影響もモルドバ経済に大きく打撃を与えた。失業、インフレ賃金遅配は恒常化しており、輸出低迷、エネルギー債務の増加等による財政赤字の問題も深刻化している。IMF等の国際金融機関と協調して市場経済化に向けての改革を積極的に推進している。
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11月には独自通貨「レイ」を導入。





首都 キシナウ
第二次世界大戦で激しい空襲にあい戦後新たに区画整理がされた都市。





聖ティロン大聖堂 
19世紀半ば、ギリシャ人建築家によって建てられました。
ロシア聖教の協会。ドーム型の屋根と、鮮やかな青色がロシア様式を物語っています。
ソビエト連邦の一部だった頃は、教会としての使用を禁じられていましたが、現在は修道院として使用されています。




キシナウから北に40km程のところにモルドバ聖教の教会があります。
この教会はトルコ、タッタリアの侵略から逃れたモルドバ聖教の信者が、14世紀に崖を掘ってくり貫き、建造した岩窟教会です。
トルコにある世界遺産、カッパドキアの岩窟教会に似ています。
トルコからの移民達が、モルドバ聖教に改宗して作られたのではと推測されています。






世界最古のワイン生産地域の一つと言われているモルドバ共和国は、7000千年前から自生した葡萄が存在し、紀元前3000年頃にはすでにワインの生産が、モルドバ人の職業とされていました。
国土のおよそ8割が肥よくな黒土で覆われ、葡萄づくりに適した丘陵地が多いモルドバは、ワイン造りを国の主要産業として、古代ギリシャ時代から、ヨーロッパ全土にワインを伝えていったのです。





ローマ帝国時代以降もモルドバ共和国は、さまざまな民族や国に支配を受けながら、歴史を積み重ねてきました。
しかし、そこに住む人々は、昔ながらの生活と習慣を守りながらワインを造ることで、民族の誇りを失うことは決してありませんでした。



1878年に、パリで開催された、『パリ万博国際ワイン展示会』で金メダルを獲得すると、時のヴィクトリア女王にも愛され、英国王室でも飲まれるようになり、その後は英国王室専用としてまで、造られるようになりました。



また、ロマノフ王朝の最後の皇帝ニコライ2世が最後の別れの晩餐会で飲んだのが、モルドバ共和国のワインであることは、歴史の中では、知られることの無い事実です。現実、現在のロシアの、年間ワイン消費量の実に50%は、『モルドバ共和国』産のワインです。


19世紀から20世紀初頭にかけてモルドバワインはヨーロッパの上流階級、政治家等へ広まりますが、技術導入などの設備が進み始めると、一般市民へと親しまれる様になっていったのです。




首都キシナウから南西およそ20km、ミレスチ・ミーチ村があります。
葡萄づくりには最適な気候と、粘土質を含んだ個性的な土壌をもったモルドバ有数の葡萄産地です。温暖な気候で冬は短く夏は長い気候です。





ミレスチ・ミーチ村にあるモルドバ共和国国内最大のワインメーカー、モルドバ国営工場であるミレスチ・ミーチ社。ここには、世界でも稀な巨大なワインの複合施設があります。
16世紀に会社が設立されて以来、ミレスチ・ミーチ社はモルドバのワイン造りの伝統を、純粋なまでに色濃く受け継いでいます。




旧ソ連時代から使われているワイン専用の巨大な地下貯蔵庫。
モルドバワインの歴史と伝統を、長い年月と共に、みつめてきました。




ミレスチ・ミーチ社の地下貯蔵庫は地下30m〜80mにあります。湿度は96%ほど、洞内の温度は約12℃、この環境に人的要素ではなく、自然に保たれ、通年その誤差は、殆どありません。ワインを熟成させるための理想的な環境であるということです。
岩盤を刳りぬいた道路のような貯蔵庫はまるでクモの巣のように広がっており、その大きさは、始めて入った人間であれば、地図が無くては必ず迷ってしまうほどで、全長は約200km。約、東京から静岡までの距離があります。




ゴールデンコレクション。ビンテージボトルが眠る貯蔵庫です。
世界中探してもこれだけの規模の貯蔵庫は存在しません。
貯蔵庫の総距離はおよそ200kmですが、そのうち55kmがビンテージボトルの貯蔵庫です。進むところ、前も後ろも、右も左も、『ミレスチ・ミーチ』のワインで埋め尽くされています。毎日のように見回り、貯蔵状況などはチェックされています。この貯蔵庫が2007年度の『ギネスブック』に認定され、登録されたのです。




ビンテージワインが水平に寝かせてあるのは、コルクを常に湿らせた状態にするためです。コルクが水分を吸い、息をすることでワインが熟成するのです。




おそよ「150万本のビンテージワインの本数」と「倉庫の総距離」がギネスブックに登録されました。



これは倉庫に見せかけた隠し扉です。
旧ソ連ゴルバチョフ時代に禁酒法が施行された時に、ミレスミ・ミーチ社は、この隠し扉の奥にワインを隠し、保管しました。その当時でも密かな需要があったことを、うかがわせます。それだけ、クオリティーが高かったという裏付けなのかもしれません。



時代は変わり、コレクションワインの貯蔵庫は、現在では『英国王室御用達』のワイン貯蔵庫に生まれ変わりました。
幾年もの歴史を経て、現代に甦りました。